『つまり、世界にとって貴女はそこにいればそれだけでいい存在なんですよ。それは、私たちを描く物語と同じ。物語を読む人は少ないほうがいい。そこに存在するだけでいいんです。たくさんの人に知られてしまえば、価値がなくなる。貴女も私たちもそんな存在なんです』
光華はそっと目を閉じて、頭に響き、反芻される言葉を聴いていた。瞳が光景を映さなくなると、その他の感覚が強く感じられるようになる。咲良の手のひらの感触も然り。以前に聞いた言葉もしかり。
光華は詠い人としては異色の存在だ。名前と確固とした存在があるから。いつか、人の願いを叶えて、流れ、消えていく詠い人とは違う。感情の消えたただの詠い人とは違う。否、だからこそか。だからこそ、光華は名前と個の存在を持っている。もちろんそういう存在は光華だけではない。今、光華が追っている存在もその一人だ。もっとも彼女は、成り立ての幼生だが。
光華は広い世界を全て見渡したような気がした。それは、そうだ。私の名前こそ光の花だけど、存在そのものは『風』光華は詠い人を識別する詠からとったにすぎない。
「みつけた。ウタちゃん」
光華はすいっと身体の向きを下に傾むけた。心なしか、咲良の手を握る力が強くなったような気がした。