「お兄ちゃんが、いない……」
咲良は不安になった。
トイレとか、飲み物買いにいったとか、そんなんじゃない気がする。
なにより、さっきから聴こえる歌が妙に気になる。呼ばれているような、気がするのだ。
「お、お父さん。ちょっと、人のいないところで星見てくる」
「ん? あぁ。あまり遠くに行っては駄目だぞ」
「わかった!」
どちらにせよ車椅子じゃそう遠くへ行けない。お兄ちゃんは見つからないだろう。
「とにかく……まずは歌の聴こえる方へ……!」
咲良は車輪を回す腕に力を込めた。
少し離れた森の方にうっすらと灯りが見えた気がした。
向こう、かな……?
咲良は森の中へ入っていった。
辺りは暗く、足元が見えない。
暗闇に目が慣れた頃、道から少し外れたところから歌が聴こえた。
「あっち! あ……」
だけど、そこは車椅子では、とうてい行けない、木が密集した場所だった。
少しの間だけなら、一人でも立てる。だけど歩けない。
咲良は唾を飲み込むと、一番近くにある木に手を伸ばした。
「届け……!」
咲良は木に腕を回すと車椅子から飛び降りた。そしてその木を支えに立つ。
「意志の強さはウタちゃん並ね」
「え……?」
いつの間にか目の前に人がいた。黒い外套を羽織り、腕の通っていない袖と腰まで伸ばした銀の髪を揺らした高校生くらいの女の子。
「初めまして。詠い人です。よろしく、サクラちゃん?」