「私は架南じゃありません!」
怒ったように女の子は声を荒らげた。
「私は、幻の歌を詠いしがらみと祝福をこの身に宿す者です」
「それが、名前?」
女の子の表情が頑なになる。
「詠い人に名乗る名前はありません。ただ、詠い人を識別する詩があるだけです」
「じゃあなんて呼べばいいのさ」
「ご自由に」
取り付く島もない。
「じゃあ、幻歌。幻の歌を詠うんだろ?だから幻歌」
「あまりいい名前ではないですね」
口調は冷たいがもう怒っていないようだった。剣呑な空気はあまり好きではない。
幻歌は森の中へ歩きだした。僕も慌てて後を追う。
「いいだろ、それくらい」
「そうですね。特別に許してあげます」
「なんでそんな偉そうなんだよ」
「そう聴こえるのは楓くんが卑屈だからでは?」
笑顔なのに毒舌。言ってることとやってることがかみ合ってない。
「楓くん。詠い人は人の心を詠います。わかりますね?」
「え……? まさか、僕の心をのぞいた!?」
「の、のぞいたわけじゃありませんっ。聴こえるだけです!」
幻歌が顔を真っ赤にして慌てふためいた。なぜ?
「心の、声が?じゃあ、きっと世界はうるさいでしょ?」
「詠い人は星降る夜に人の心を詠うのが役目です。うるさいと思ったことはないし、星降る夜以外は聴こえないので、だいじょうぶです」
「ふうん。じゃあ、その星降る夜以外はいつもどうしてるの?」
ぴたっと幻歌は動きを止めた。
「……秘密です」
幻歌は何かを隠している笑顔を見せた。その秘密は一つではないと、直感で感じた。