暑さと脱水症状で朦朧とした頃、架南が笑った。儚くて、寂しげな矛盾がいっぱいつまった微笑みだった。
「楓くん、私はもう、だいじょうぶ」
「か……なん、ごめん。僕が、もっと……はやく――」
「いいの、楓くんは、来てくれた」
架南は、僕から離れて、嬉しそうに笑っていた。
「だけど、ごめんね。私、楓くんのことが、好きだから、もう……」
そのとき、大きなトラックが来て、架南の姿と声を消した。
ブレーキ音が耳にやけにつく。架南が見えない。早く横切ってくれ。架南の声が聞こえない。
そこで、はたと気づいた。架南は、どこにいた?
架南は、横たわっていた。遠くで。
なんだ、架南。あんな遠くにいたんだ。あんなところにいたら危ないよ、ほら、トラックが止まってる。早く、どいてあげないと……。
「架南!!」
目の前がぐらつく。足が重い。僕が架南の元に着いたとき、辺りには人がたくさんいた。
誰かが僕を止めた。僕は無視した。誰かが僕の腕を掴んだ。僕はそれを振りほどいた。
架南が目の前で横たわっている。ああ、暑いから、こんなに汗で濡れちゃったんだ。
「架南、おきて、架南……」
僕は架南を揺らした。そして、横向きに寝ていた架南が、僕の方を向いた。
架南はいたずらっぽく笑っていた。半分だけ。あとの半分は、なくなっていたから。顔の右がなくなっていて、そこには赤くぬれたなにかしかなかった。
ぐらり、と目の前が傾く。気持ち悪い。そこは暑くて、汗は熱くて、身体のなかは冷たい。
「か、なん……」
そこからは、なにも憶えていない。