薔薇の眷属

「いつからここに住んでるの?」
ガクに臆したようすはない。
「20年くらい前からだ」

「他に人は?」
今度は俺が聞いた。
二人で住むにはこの家は広すぎる。

ふいに上の階から歌が聞こえてきた。
何語かはわからない、だが心が洗われるようだった。
「歌っているのは、コトリ」
アイさんが急に立ち上がった。
「トイレ、貸してもらえますか」

教えてもらった通りにアイさんは廊下を進んだ。
俺の手を引っ張って。
「怖いのか?」
「怖いわよ!」
懐中電灯で照らされたアイさんの顔がひきつっている。
「妙な展開だわ…どうしよう」
「何が」
早足になるアイさんに引きずられるようにして俺は聞き返した。
「全部!こんな場所に住んでること自体が!」


珍しいシチュエーションではない。
誰も住んでないはずの家に、誰かが住んでいる。
そこに踏み入った者は亡霊に歓迎を受けるのだ。
食事をいただき、暖かいベッドを提供してもらう。

目が覚めたらそこは廃墟というオチだ。
「食事なんか何出されるかわかったもんじゃ…」

冷や汗がどっとふきだした。
アイさんの話にびびったからじゃない。

木が軋む音が背後でしたからだ。

その時にようやく、いつの間にか歌がやんでいたことに気が付いた。

人の気配がした。
意を決して振り向くと、古びた階段の上に人が立っている。
灯りも持っていない。
俺は生唾を飲み込み、そっとそれを照らした。