はあ。一つ、深いため息を吐いた。教室の中は私の心に反して酷く賑やかだ。50分の授業に耐え抜いた喜びが溢れているのだろう。親しい友人の元に集まっては、笑顔を見せる。

私だって例外はなくて、ただその親しい友人、が幸いにも隣の席の人物であるから、移動する手間が要らないのだ。その隣人、公文時子は私の行動に眉を顰めた。


「どうしたの?」

「んー、」


心の籠もらない返事を返すと、時子は不満そうに頬杖をついた。
私は悩んでいた。
時子に、昨晩の出来事を話して良いのだろうか。

昨日、悪魔と名乗る男が浴室に現れて。
正常な判断が出来なかった私の脳は、とにかく男を浴室から遠ざけて。
着衣を済ませて、やっと冷静な判断が出来るまでに回復した私は、ある事に気付いた。
男は、確か――

ドアから、出て行った。

顔の血の気がさあ、と引いた。男は出て行った。外に、ではない。家の、中に。
脱衣所を飛び出すと、丁度父親が廊下を横断していた。

「お父さん!今変な奴出て来なかった!?」

「はあ?」


その表情からして、恐らく見なかったのだろうと察した。お父さんはお前が変な奴だよ、とでも言いたそうにすぐに立ち去ってしまった。その後いくら家中を探しても、男がいた痕跡さえ見つからなかった。