なに、今の。
あまりの一瞬の出来事に、頭が追いつかない。
まさか、笑うなんて思ってなかったから。
むしろ、最悪の場合、睨まれると思っていたから。
私は、急いで麻美の肩を掴んでゆさぶった。
「いっ今、桜井君が、こっち見た!」
迷惑そうに振り返る麻美。
「たまたまでしょ。偶然だって」
そう言って、戻ろうとする。
私は、慌てて言った。
「で、でも、こっち見て、笑ったよ?」
その言葉を聞いて、改めてこちらを向く麻美。
私は、身構えした。
しかし、麻美から出た言葉は、きっぱりと、あっさりとしていた。

「気のせいでしょ」

がくっと肩の力が抜ける。
風が、あざ笑うかのように私の髪をなでた。
自然とため息がもれる。
でも、確かに、そうだったのかも。
本当に一瞬の出来事だったし、麻美にそう言われると、自信もなくなってくる。
私は、もう一度、外を見た。
先ほどのベンチにはもう、彼の姿はなくなっていた。
もうとっくに片づけて、教室へ戻って行ってしまったのだろう。
はぁ、とため息をつく。
ガラッという音とともに、先生が教室へ入ってきた。
今日の朝のお楽しみも、これで終わり。
授業モードに頭を切り替えなくちゃ。

私は、窓の外を見た。
風で葉桜が微かに揺れる。カーテンが少しなびいた。


それは、春の終わりを知らせる、微かな緑の香りがした。