両手でも足りない

顔色ひとつ変えない海斗は。


「ふーん、あっそ」

鼻につくような返事をし、ひょいとあたしたちを横切ると。


「じゃ」

と、気にもしていない様子で背を向け、スマートに階段を駆け上がって行った。


「あーあ…」

ため息にも似た声を漏らしたのはトモくんで、いじらしそうな視線が突き刺さる。


言わなくったってわかっている。


「なんでああいうこと言っちゃうかなー」

「わかってるってばー」


今更、しまった…。そんな顔をしたところで遅い。


「これからどうすんだ?宣言したように映画でも観るか?」

呑気なトモくんの声が下りてきた。


とてもそんな気分にはなれないけれど、肩を落としたあたしはトモくんの後に続いて階段に足をかける。


長い連結通路、古い鉄段階を下りて行くと金網の隙間から、さっきまで一緒にいた海斗の姿が黙認できた。