両手でも足りない

「ただいまぁー」

力任せに玄関の扉を開ける。乱雑に脱ぎ捨てた靴に、やはり罵声が飛んできた。


「青海!ちゃんと靴揃えなさいよー」

「はいはい、またすぐ出かけるから!」


勢いで階段を蹴り駆け登る。家中に響く足音でまたお母さんに注意されたけれど、気のない返事をしたあたしは部屋に入るなり制服を脱ぎ捨てる。

ベッドの上で散らばった制服。素早く私服に着替え、再び階段を駆け降りる。

遠くでお母さんの叫ぶ声が聞こえ、玄関のドアが力任せに閉まった。


無我夢中で走ったって、あたしのタイムは50M9.6秒。たかが知れてる。

だけど、走らずにはいられない。


まだ雪が解け切らない寒さだというのに、暑くてしかたがない。


「ここでいいや…」

息を切らして座り込んだ場所。

駅前のバスターミナルのベンチ。


「うん、ここなら見える」

ゼエゼエと大袈裟にも取れるような、肩で息をするあたしは周りから見たらきっと、時間に間に合わなかったバスの乗客だろう。