こんなに広い高級マンションに独りで住んでいて。
 何度か家族はどこにいるのかって、聞いた事があった。

 でもその度に、先生はどこかせつな気に笑っていた。


「お腹が痛いと、保健室に行ったんですが、保健医は寝てれば治ると病院への連絡はおろか、家にも連絡しなかった。
 けれど、実はそれは虫垂炎…盲腸だったんです。適切な処置を受けられず放課後まで放置され、帰宅後病院に駆け込んでも手遅れでした。破裂してしまったんです」


「ひどい…」

 そんな、そんな事があるなんて…

「許せない」


 怒りを露にしたあたしに、先生はクスリと笑んだ。


「だから私は、保健医になろうと思ったんですよ。二度とこんな事のないように…」

「そっか。……ごめん、変な事聞いて」


 先生の手を握ると、微かに力が込められたのが分かった。


「貴女の為なら、いくらでも――」


 身を屈めて、先生の顔が近付く。

 目を閉じると、触れるだけの優しく柔らかいキスが降ってきた。

 おでこに、頬に、――唇に。


「でも貴女の事は、生徒だからじゃないですよ。もう二度と、愛する人を亡くしたくないんです」

 そのまま耳元に流れた唇が、囁いた。