「ごめん、やっぱり今のナシ」


 俯いて首を振った。

 先生とキスしたくないわけじゃないけど。
 むしろ、したいけど。

 でもそれは、こんな形じゃなくて…


「いいんですか…?」


 先生が、あたしの腕を掴んだ。


 見上げた視界に写る、眼鏡のレンズの奥の、先生の揺れた瞳。

 真っ直ぐすぎて、逸らす事もできない。

 捕まれた腕が、熱い。


「せ、せんせ――」

「黙って」


 引き寄せられて、体が傾ぐ。


 あたしを受け止めたのは、窓から上半身を乗り出した、先生の熱い胸。

 シャボンの香りに、クラクラする。


 もう、駄目。
 全身が心臓になったみたいに、ドキドキが止まらない。



「こちらへ、来ませんか…?」


 水面に揺れるような、静かな声――…

 先生の瞳に囚われて、導かれるように保健室の窓枠に手を掛ける。
 窓を飛び越えようとするあたしに、先生はクスリと笑った。


「女の子がそんな事しちゃ駄目ですよ」

「あたし、先生には女の子に見えるんだ?」


 イタズラに笑んで見せる。

 一般的な女子に比べたら短いあたしの髪。
 襟足でバッサリ切って、風に揺れる程もない。

 おまけにこの性格。
 今まで、男みたいと言われる事はあっても、女扱いされた事はなかった。