「俺は困るって言ってんだろ。」

続けて、いつもよりか低い声でそう言うと、ユキは押し黙った。

「ほら、これチケット。わざわざ貰ったんだから来いよ。」

でもいつまでもユキの暗い顔を見るのは、なぜか居心地が悪く、空気を変えようとチケットを差し出した。

日にちは決まっていない。いつの日でもいい、いわばフリーチケットだ。本人に、何回かあるステージのうち1回を選んでもらう形だ。

「ん、ありがとう。」

「まぁお前は東京しか来れねえだろうけどな。」

「うん、多分ね。」

ユキは苦笑した。こいつは本当に忙しい。芝居は文句なしで上手いし、美貌も業界随一だ。引っ切りなしで仕事が入るのは、仕方ない気もする。

「でも絶対行く!」

「ああ。じゃあ、俺もう行くから。」

「え、もう?」

カバンを抱えた俺に、ユキは少し寂しそうな顔をした。

「明日初日だしな。」

「そっか。」

「そういえば・・、アイツと名前似てるな。」

突然、ユキと優美、二人の名前は一文字違いだと気づいた。

「え?」

ユキは怪訝そうな顔をしている。

「さっき言ってたスタッフの名前。優美っていうんだ。お前と一文字違いだなと思ってさ。」

「ああ・・、へえ、そうなんだ。」

「て、どうでもいいか。じゃあお先。」


俺はそう言いながら、もうドアへと歩き出していたから。

だから、ユキの泣き出しそうな顔に、その本心に、気づくことができなかった-------。