「輝。」

ふいに名前を呼ばれて振り返った。そこには、毎回コンサートで俺についてくれている、通しスタッフの堂本が立っていた。
今年40歳になるベテランスタッフ。俺にとっちゃ、第二の親父みたいなもんで、堂本はこの世界で心を許せる数少ないうちの一人だ。

「堂本。なに・・」

なにか用か、と言おうと思ったけど、すぐにわかった。堂本の背後から顔を出した、昨日の女。・・名前は確か・・、笹本?だっけ。

「この子、笹本さん。今日から輝の通しスタッフにつく。よろしく頼むよ。ほら、君も挨拶。」

堂本に促されて、俯いてた笹本はハッと顔を上げた。そして俺を見て、視線をそらす。

「よ、よよよ、よ、よ、よろしくお願いします!」

散々どもった後、最後は半ばヤケクソのようにそう言い放ち、笹本は頭を下げた。

・・なんだこいつ。

「・・よろしく。」

本当はよろしくもクソもしたくねえけど、一応そう返す。仕事上、そしてこいつがファンである以上、無難な対応が一番だ。

笹本は俺の声に反応して、パッと頭を上げた。怖ず怖ずと俺の目を見る。すると、少しだけ嬉しそうに笑った。


・・・びっくりだ。

そんな嬉しいか?ファンのこういう表情をきちんと見たのは、初めてだ。なんか新鮮。

自分がアイドルなんだなって、嫌でも自覚する。

「じゃあ輝。今日は手探りだから、こちらの都合に合わせることになると思うが、頼むよ。」

「ああ、わかった。」


堂本からそう言われれば、頷くしかない。

「じゃあ行こうか。」

「あ・・、はい。」


笹本は最後に俺に頭を下げて、堂本に連れられて行った。