日本が戦争という、暗い時代へ走り始めたころ…。

一人の男が、町外れにある神社へと訪れた。

…彼の名は隆介。

まだ青年のように見えるが、帝国海軍の将校である。

横浜で貿易会社を営む両親の間に生まれ、幼い頃からこの地で育った。

今日外出許可をもらって、生まれ故郷に戻ってきたのは、ここに別れを告げるためでもある。

…戦争は熾烈を極めていた。

日々報告される戦況は悪化の一途をたどり、隆介が派兵される予定の地も激戦区とされている。

…もう、生きては戻れないかもしれない。

せめてその前に、この故郷の姿を瞳に焼き付けておこうと思ったのだ。

…その神社は静かだった。

木で出来た鳥居に、小さなお社。

古びてこそいるが、世間とは無縁にひっそりと佇んでいる。

すでに空は紅く染まりはじめ、遠くから鐘の音が聞こえてきた。

「そういえばよく、木の上から鐘の音を聞いたよな。」

彼は目を閉じて、ありし日の少年の頃を思いだした。

…危ない遊びばかりをやっていて、よくお母さんに怒られた。

それでもここはお気に入りの場所で、秘密の基地にしていたこともある。

あの頃は本当に、毎日が楽しかった…。