玄関の鍵を開けて中へ入ると部屋の中はシーンと静まり返っていた。


外はまだ明るい時間だが、部屋の中は薄暗い。


「杏梨?まだ帰っていないのか?」


時刻は6時だ。


いつもならば帰っていなければおかしい時間。


雪哉は杏梨の部屋のドアを叩いた。


「杏梨?開けるよ」


中から返事はなかったがドアを開けた。


ドアを開けてホッと安堵する。


杏梨はベッドで眠っていた。


ぐっすり眠っているようで起きそうにない。


部屋を出ようとした時、杏梨の苦しそうな声が聞こえてきた。


「ぃ……や……やめてっ!」


悲痛な叫び声。


杏梨は何かから逃げようとしているのか手足を無闇に動かしている。


雪哉は部屋を明るくしベッドに近づく。


「杏梨!起きろ!」


「いやーっ!来ないでー!」


閉じられた目尻から涙がこぼれる。


「杏梨、起きるんだ、目を覚ませ」


肩を揺さぶり起こそうとする。


雪哉の声で杏梨は目蓋が開いた。


大きな黒目がちの瞳に雪哉の顔が映る。


「ゆ……き……ちゃ……ん……」


目を覚ました杏梨はこれ以上無いほど暴れる心臓を抑えるように震える手でギュッと胸を押さえた。


「杏梨、大丈夫か?悪い夢を見たんだ」


悪夢を見るほど杏梨の心が追い詰められていたのを雪哉はこの時気づいた。


起き上がった杏梨は必死に呼吸を整えようとしている。


ずっと、見ていなかったのに……。


レイプ未遂事件後、1年間は毎日見ていた夢。

それでも我慢できたのはゆきちゃんが助けに来てくれたからだった。

夢の中で泣き叫ぶわたしを助けてくれる。

でも、今はなかなか助けに来てくれなくて……。

ううん、やっぱりゆきちゃんは助けに来てくれた。

夢じゃないゆきちゃんが。



ベッドの端に腰掛けて心配そうに見つめている雪哉の顔を見る。


「杏梨?大丈夫か?」


何も答えず杏梨は腕を伸ばし雪哉に抱き付いた。