杏梨に触れるのは正直怖い。

まだ心の傷が癒えていないのが分かっているのに、キス以上先に進む事など皆無に等しい。


ベッドの上に大事な物を置くように杏梨を降ろすと「あっ!」と言う声がした。


「どうした?」


「まだ歯を磨いていないのっ!」


色気の無い言葉が帰ってくる。


ベッドの上にちょこんと座り困った表情の杏梨を見ると俺も戸惑う。


警戒しているのか……。


「いいよ 行っておいで 俺も風呂に入ってくる」


「はいっ!」


床に下りた杏梨はドアに向かった。


「……杏梨 こっちに戻って来るんだよ?」


「……うん」


振り返った杏梨は頷くと出て行った。



* * * * * *


迎えに行った峻はテーブルに伏せっている姉を見つけた。


真緒さんの店で良かったよ。

他のクラブでこんな無防備な姿で寝ていたら即、お持ち帰りだぜ。

それにマスコミにでも見つかったら事務所から大目玉をくらう。

姉貴は自分が芸能人だって自覚あるのか?


「峻!」


彩の後ろに呆れたように立つ峻を見て、真緒が近づいてきた。