妖不在怪異譚〜船幽霊〜


「何だか妙な感じだが、まあいいか。」

与平は竿にその糸を結わえながら、先に針と鮒を仕掛ける。

そして船べりに立ち、大きく構えながらそれをブンと放り投げた。

ヒュー…。

暗やみの中にポチャリと波紋が広がり、やがて深く沈んでいく。

…とそのとき、

いきなりに竿が強く引かれ、与平の体ごと舟が大きく揺れた。

「かかった!。」

そう叫びながらも舟から落ちそうになり、慌てて船頭が後ろから抱える。

二人合わせても足りないぐらい、竿も二つに割れるかの勢いだ。

「畜生、こいつ観念しやがれ。」

叫びながら両方の足がブルブルと震えたとき、そいつが姿を現した。

…一匹の大きな亀。

軽く人を超えようかという程のそいつは、水面を太い足で叩きつける。

藻掻けば藻掻くほど、舟もまた激しく揺れた。

…このままでは、竿が折れるのも時間の問題だ。

そう感じた与平は、真後ろの船頭へと叫んだ。

「船頭、櫓だ。あれであいつを叩くんだ。」

その言葉に船頭は、足元にあった櫓を拾いあげると、亀のあたまへと力の限り叩きつけた。

二度、三度…、

やがてその手が止まったとき、川面に目を白くさせた、一匹の亀が浮かびあがった。