「良かった、助かったんだわ。これも海の神様のお導きね。」

…助けたのは俺だろう。

心の中で呟きながら、伸也は慌てて、先ほど脱いだボーダー柄のTシャツを着る。

相手が少女でも、一応は女性だ。

「しかし、何をしてて溺れてたんだ。そんな着物まで着てさ。」

バッグの中からタオルを取出し、それを渡しながら尋ねた。

…最初は身投げかと思ったが、どうやらそうではないらしい。

「攫われたんです、私。」

「攫われたぁ?。」

予想外の言葉に、伸也は目を丸くさせた。

「はい。庭に立っていたら、怪しい風に巻かれて、空の中に攫われてしまったのです。」

長い髪の毛をタオルで拭きながら、しかし冗談を言っているようには見えない。

「その黒いものに巻かれながら、私は心の中で海の神に祈ったのです。そしたら…。」

「この海の上に落ちた、て訳か。」

伸也は半ば呆れ混じりに、その青い海を見つめた。

…世の中にそんな無茶苦茶な話があるとは思えない。

おそらくは、この少女が溺れているときに見た幻覚だろう。

「まあ、それはともかくとして。家に送るからさ。そこの港まででいいかい?。」

しかし少女は首を振ると、逆の方向の島を指差した。