「名前は?」


そう聞かれて、思わず顔を上げた。

今まで、セックスはしても名前を聞いてくる男はいなかった。



この律義さに、やっぱり違和感を感じた。


やっぱり真面目君なんじゃないのか。






名前…



言うのが嫌だった。


捨てたから、なんて思考が回る前に、

心臓に黒いものを感じて、拒絶しか選択肢がなかった。



視線を逸らしていると、彼は私の手からコップを取った。


「俺は小野正史(おの まさし) よろしく」



視線を彼の顔に向ける。


『よろしく』なんて変。


一晩だけの極めて淡白な関係なのに、まるでそうじゃないような


言葉と表情。




「君は?」


優しい顔をして私の返事を待っている。




名前…




「チカ…」


言った瞬間、後悔で目の前が真っ暗になったと同時に、


笑いがこみあげてきた。


ここでチカなんて、私はどこまで愚かなんだろう。