彼は唐突に言いました。
「俺さ、もうすぐ退院するんだ……」
少し寂しそうな表情でした。
寂しさをひた隠しにするような、楽しげな口調で言いました。
「…それで、
退院してすぐ、海外に留学すんの。
ピアノの勉強。
俺、これぐらいしか取り柄ないからさ」
…なんとなくですが、以前から私はそのことに気付いていました。
なぜなら、いつの間にか彼はいつものラジオ放送ではなく、フランス語講座の放送を聴くようになっていたからです。
彼は気付いていなかったようですが、フランス語の練習をしている彼の姿を私は何度も見ました。
「もう逢えなくなるだろうからさ、いい加減喋って欲しいんだけど……」
彼はそう言いました。
声を持たない私には、どうすることも出来ませんでした。
「…また黙り。
あー、うぜぇ」
苛立を隠すことなく彼はそう口にします。
胸がちくりと痛みました。
「もういい。今日は演奏してやんない。もう寝る」
彼は手探りでキーボードのスイッチを切り、ベッドに身体を沈めるのでした。
私は音を立てぬよう気をつけながら、そっと部屋から出ました……。
悲しんだりはしません。
だって初めから知っていたのです。
報われはしないのだと。