彼を知ったのは、一年前。
初春の穏やかで暖かな日のことでした……
どこからともなく綺麗な音色が聴こえ、その音色に惹かれるままに私は彼の病室へ足を踏み入れました。
ピアノを奏でていた彼の横顔は、とても綺麗で、私は目を奪われました。
男の人相手に綺麗だと思ったのはこの時が初めてです…。
突然の訪問者の私になど、彼は目もくれませんでした。
ただひたすらに、ピアノを奏でるのです。
その真剣な表情と、
たおやかな旋律に、
私は恋をしました……。
…そしてすぐに、
報われない恋なのだと知ることとなりました。
私が小さな物音を立ててしまうと、彼はぴたりと演奏を止め、静かに口を開きました。
「……誰?
先生…じゃ、ないよね
検診の時間じゃないし……」
私を視界の中に入れておきながら、彼はそんなおかしなことを口にしたのです。
「ねぇ、なんとか言いなよ。
めくら相手に黙りっていうのは酷いんじゃないかな…… 」
なにも言わない私に彼は言いました。
自分は盲人であると…。
「……なんとか言えって」
彼はもう一度私に声を掛けました。
そして、私がなにも答えないままでいると、
「随分と意地悪なんだな……」
と、不満そうな声を漏らします。
「まぁ、いいや。
聴いていってよ。
誰かに聴いて欲しいって思ってたところなんだ」
それだけ言って彼は、再び指を鍵盤に滑らせました……。
優しい音色に包まれながら
私は息を殺し、
泣きました。
報われない恋なのだと知ってしまったからです。
けれど、この音色が耳に届く度に、愛おしいという想いは膨らんでしまうのです……。