君には、絶対に…

「まだ第1試合だよ。決勝も入れるとあと4試合あるんだから、気は抜けないよ。」

自分の荷物を背負って立ち上がった将人が冷静な口調でそう言った。

確かに、ここで気を抜くつもりはないし、抜いちゃいけない。

去年は1試合でも勝てれば…っていう気持ちだったけど、今年はあくまで優勝を目指している。

だから、こんなところで気を抜いていたら、優勝なんて出来ないんだ。

「そうだけどさぁ。将人君はとりあえず勝ててホッとしてるってところでしょ?」

「まぁ…ホッとはしたけど…。出だしでこけたくなかったし…。」

未来先輩のことを好きな睦には悪いけど、こうして将人と未来先輩が話しているところを見ていると、お似合いの2人に見えてしまう。

あんまり多くは話さない将人のことを、未来ちゃんは分かっているような感じがしてしまうんだ。

きっと、睦も薄々は気付いていると思う。

いや、俺以上に2人を見ている時間が長い睦だからこそ、焦って話しかけているのかも知れない…。

俺は色んなことを考えながら、自分の荷物を抱えて立ち上がった。

「お疲れ様!伊原君、バスケ巧いんだね!」

「いや、巧くはないよ。つーか、2人の足を引っ張らないようにするので精一杯って感じだし…。」

「全然大丈夫だよ。巧いもん!」

俺が立ち上がると、今井さんが笑顔で話しかけてきてくれるから、俺も自然と笑って話してしまう。

彼女が笑顔を見せてくれるだけで、俺も自然と笑顔になってしまう。

今井さんと話していることに対しては、今でも緊張しているけど、今井さんと話しているだけで、俺の中にあった試合に対する緊張の糸は、ゆっくりと解けていた。

緊張を解してくれる彼女は、本当に不思議な人だなって思った。