その夜の百瀬家はいつもよりドタバタしていて、愛犬モカの散歩も普段よりは短いルート、晩御飯も簡単なもので済まされ、お風呂にもゆっくり入れなかった。

「かっこよかったわねぇ」

風呂上がりに台所で冷たいお茶を用意し、リビングに入ると、お母さんはまだソファーに腰かけていて、彼が置いていった名刺をうっとりと見つめながら薔薇色のため息をついている。

「いつから知り合いだったの?」

足音か気配であたしだとわかるのだろう。お母さんは一度もこちらに視線を向けず、あたしだと想定して話しかけてきた。

「……去年、かな」

そう答えて、そばに腰かけたあたしは、つけたままのテレビに目を向ける。

お母さんは「ふーん」とつぶやくだけで、それ以上は何も言ってこない。