「彩世君、ご指名なんだけど」

呼ばれて、ハッと我に帰った。

 
彩世はピンクに塗ったマニキュアの上に、赤い柄の花びらを描き込んでいたのだ。
 
急に現実に引き戻されて、彩世の中で、一気に音や周りの世界が動き出した。

「何だって?」

「ご指名よ。どこかで名刺をばら撒いてきたんでしょ」

そういえば、そんなことをした気もする。
 
もう一度会いたい指なんかいなかったのに、なぜだか、名刺を置いてきてしまった。
 
バラの花びらの、最後の一枚を集中して描くと、彩世は立ち上がった。
 
椅子に座って待っていた子は、自分の爪をかじり取っていた子だ。
 
彩世は、自分はこの子に名刺を渡したかったんじゃないかと今、気付いた。