「いいんだ。 無理に戻らなくったって」


私はタバコの匂いがするマットにまるごと包まれて

まるで兄と居るような安心感を覚えた


「見つけられなかったって言うよ。やっぱり送っていこう」


結局、マットに車でフラットまで送ってもらった


道中、私はただ窓の外を流れる景色をぼんやりと眺めて

黙りこんでいた


マットも何も聞かなかった


「ありがとう、あの…」

車を降りると、私は黙りこんでいた非礼を詫びなければと思った


「ディー、綺麗だよ。今日の君は特に綺麗だ。パーティー会場でもひときわ輝いていた。
俺も君に目を奪われていた男のひとりさ」


心遣いが嬉しい


「お世辞でも嬉しいわ。本当にありがとう…」


またタバコの匂いが私を包んだ


「俺ならこんな素敵なキミを泣かせたりしない。‥分かるだろ?」


「…」


「ふぅ、キミが相手じゃ紳士になるほかないな。我ながらなんてチキンだ」

マットは声を立てて笑うと、私の額にキスをした


「おやすみ、ベイビー」

マットはもう一度私の頬にキスをして

車に乗り込んだ


小さく手を振って車を見送り

部屋へと戻る


窮屈なハイヒールを脱いでシャワーを浴びた


濡れた髪を乾かしていると

また胸にむずがゆい感情が戻ってきた


(あんなとこ見せるからだわ)


ディーヴァにメロメロだった彼の様子を思い出すとイライラする


思い出したくないのに

あの光景が頭から離れない


「はぁーーっ」


大きくため息をついて、ベットに入ったが

眠れない

顔を枕に押し当てた


認めたくない

この感情の正体を


- 嫉妬 -


11歳も年下の、

生徒でありクライアントである若者を

そんな感情を抱く対象にするなんて

間違っている


私は間違っている



早く寝なければ。

明日は叔母に預けている息子を迎えに行って、朝食を食べさせたら保育所に預けて研究室に行かなければならない


結局、一睡もできぬまま

窓の外が白みはじめた