私のそんな過去を知ってか知らずか

彼は相変わらずはにかみながら続けた


「つまり、恋をすると‥その人の側にいると‥」


「心も身体も苦しくなって‥」

うつむいた彼の顔が上気している


どうやら彼のノロケ話に付き合わなければならないようだ


「こんなふうに」

彼は隣に座る私の右手を両手で包むように取った

そしてそのまま彼の胸に持っていった


とくん・・

とくん・・


彼の早い鼓動が私の手の甲から伝わってくる


私は彼を見た

彼も私を見ている


彼は私の右手を両手で包んだまま

ゆっくり下へと動かした


「‥なるのは、自然なことでしょう?」

そう言うと彼は私をみつめながら

私の右手を“彼自身”の部分へと導いた


「!!!」

私はとっさに右手を引き、身体をすくめた


彼は一瞬驚きの表情を見せると

眼をそらしてゆっくりと姿勢を戻した



その後の沈黙は

きっとほんの数秒だっただろう

でも、混乱していた私にはひどく長い時間に思えた


何が起こったのだろう


彼が、私の手をまるで大切なもののように包んで、
そして、その手に触れさせたものは



胸の鼓動

それから


熱く

猛々しい‥


もう何も考えられない



「ディー、時間だよ」

低い声にはっと我に返り


「‥ええ」

何とか喉から言葉を搾り出した


「バイ」

そう言うと彼はすっと立ち上がり

私の脇をすり抜けるようにドアから部屋を出て行った


彼が起こした小さな風が、

私の右頬に掛かった髪をそっと揺らした


私はしばらくそこに立ちすくんでいた

右手にはまだ生々しい感覚が残っていた


彼の、寂しそうにも見えた横顔を思い出し

胸が痛んだ