「花!いつまで寝ているの?今日は、遠足でしょう。早く起きないと、バスいっちゃうわよ。」

大学時代に声楽をやっていたお母さんの声は、よく響く。

ちょっとふくよかな体を揺らしながら、怪獣みたいな足音を立てて、階段を上がってくると、私の部屋の前で止まった。

「また、お腹出して。風邪引くわよ。」

朝のお母さんは、容赦がない。

夢の中にいる私をかけ布団ごとベットから引きずり落として、現実にひき戻す。

「あ、いたたた。」

膝を強打して、床をのた打ち回る憐れな娘を見ても、お母さんは、無情にも、鼻を鳴らすだけだ。

「まったく、いつになったら、自分で起きれるようになるのかしらね。」

「えっと、60歳位かな。年寄りは、早起きだっていうし。心配しなくても、半世紀もすれば、さすがに私だって。」

働かない頭で答えると、お母さんは、深いため息をついた。

まったく、最近のお母さんてば、悲観的過ぎると思う。

でも、花みたいに可愛らしい子になりますようにって名づけた娘が、こんなんじゃ、悲観的にもなるかな。

お母さんに引きずられて、なんとかやってきた洗面所で歯を磨きながら、鏡を覗き込むと、特大の鳥の巣頭の女の子が、寝ぼけ眼でこちらを見ている。

時計を見ると、8時7分を指していた。

頭の中でタイマーが、回りだす。

着替えに1分と朝ごはんに5分と学校まで走って15分。

勢いよくうがいを済ませた私は、頭に水をかけると、フックから、毛糸の帽子を取ると、頭に被った。

くしもドライヤーも必要なしの奥義である。

広げた新聞を持ったまま、唖然として娘を見つめているお父さんを尻目に納豆ご飯をかきこみ、味噌汁を流し込んだ。

見かねたお母さんが、用意しておいてくれたリュックサックを玄関で受け取れとれば、後は走るだけ。

遅刻ぎりぎりの通学路は、人通りも少ないので、あっという間に学校に到着である。