娘の血まみれた拳が、自分の腹をえぐっていた。

「おやすみなさい、おじさん」

 外まで吹き飛ばされたのだろう。

 微かに見えた景色に昏倒する意識で苦笑う。

 そこは、破壊され元の形を失った陣地だ。

 娘の優しい声には聞き覚えがあった。

「止めてくださいっ」

 その、失う意識に被さる声。

「アリトさん、彼女を止めてください」

「いやよ、スピカ副隊長さん」

 その二言の後に、交わされた激音。

 娘の悲鳴。

「アリトさん、お願いです。
 僕は戦いたくない」

 交わされる声。

 そのやり取りと自分の置かれた状況に気づいたことがひとつだけある。

 言葉にはできなかった。

 死ぬのか。

 ふと、それだけが頭の中に浮かぶ。

 白々明ける空に鳥が羽をはためかせた。

「何をひとりで死ぬ気になってるんですか、ギバル隊長っ」

「スピカさん、これは」

 驚いたのはアリトだけではない。

 名前を呼ばれたギバルも同じだった。
 
「どう言うこと、だ」

 言葉を漸く吐き出したギバルに、暖かな光が降り注ぐ。

 ペシェが治種を使ったことに、ギバルは慌てた。

「やめ、ろ」