そんな指には微かに痛みがあった。

死んでいるものにしたら『痛み』なんて感じられるはずもなく、それは生きているものだけに与えられた特権なのではないか。

それだけは確かなことだといえよう。

男は自分の指から溢れる血に気づき、視線をそこに向ける。
歪なまでの音質に、いくらでも溢れ出てくる赤いもの。

男はそれに釘づけになり、意識を保てず、抱えていた薔薇を荒れたその庭園に落とした。
薔薇たちは庭園上に戻ることは出来たとしても、二度と咲き誇ることは出来ない。

ただ、虚しく其処に在るのみ。

男はお構いなしに、ゆっくりと確実にその指を自分の口元に近づけた。

そして、あろうことかそれを舐める。
ほんのわずかに香る鉄の匂いと、喉に詰まるようなその味。

男は何も反応をすることもなく、その場をやりすごした。

ようやく、本来の目的を察したのか、先ほど落とした薔薇をすくいあげると足を急がせ、走り去っていった。

荒れた庭園の薔薇たちを跡にして……

屋敷に入ると男は尚も駆け抜け、息を乱しながらも目的地に足を急がせた。
時折、腕に抱えていた薔薇たちが足跡の如く、崩れ落ちていくもそんなのを拾う余裕もなく、あとずさる。

そして、一室の部屋の前にいくと、勢いよく扉を開ける。
其処には、ベッドに横たわる人形のような少女が横たわっていた。

黒いドレスを身に纏い、静かにそこに存在する。

眠るように映る彼女は何よりも美しかった。