ミモザの朽ち木

母親が彼の横に来て言った。


――本当に素敵な場所ですね、ここは。


――ええ、まったくです。


――いつもひとりでいらっしゃるんですか?


――いつもひとりです。


――今度、恋人を連れて来るといいですよ。きっと喜びます。


――残念ながら、そういう相手はいないんです。


――そうですか、それは寂しいですね……。


母親との会話が途切れると、彼はロータスの窓を覗き込んでいる娘のところに行った。


彼がそばに寄ると、娘は窓越しに車の中を指差した。


――あれ、可愛いね。


彼は腰をかがめて車内を覗き込み、娘が何に興味を示していたのかを確かめた。

そして娘に向き直り、ひとしきりその顔を眺める。


――欲しいならあげるよ。いるかい?


――いいの?


彼はロータスのドアを開けて、後部座席に転がったそれを娘に手渡した。


――ありがとう。


娘はにっこりと微笑んで礼を言うと、受け取ったカンガルーの縫いぐるみを抱えて父親に駆け寄った。


――パパ、見てこれ、あの人にもらっちゃった。