ミモザの朽ち木

エレベーターのドアが開くと、正面にすりガラスのパーテーションがあり、


『乙ヶ部メディカルクリニック』


という案内板が出ていた。


小ぢんまりとした待合室には誰もいない。

比佐史がカウンターの上に置かれたインターホンの受話器を取る。


「十四時に予約していた乃村ですが」


長椅子に座って五分ほど待つと、フロアの奥にあるドアの向こうから男の声がかかった。

その声はなぜか、どことなく親しみのある響きを含んでいた。


ためらいがちにドアを開け、診察室に入る。

白衣の男が椅子に座って待ち構えていた。


一見して、地味で冴えない風貌だった。

どこにでもいる、あらゆる意味で凡庸な、何の特徴もない男。

注意して見なければ、どんな姿形をしていたのか三秒後には忘れているかもしれない。


けれども私は、間違いなく、その男とどこかで会っていた。