ミモザの朽ち木

十三年前、流利子はひかるを産んですぐにこの世を去った。

大学在学中に俺の子を身ごもった時、子宮に先天的な欠陥があると発覚したのだった。

出産に伴い、母体がきわめて危険な状態におちいる。医者はそう言った。


しかし流利子は頑として堕胎を拒んだ。


「平気よ。比佐史と私の子を立派に育て上げるまでは、死んでなんかいられないわ。それにね――」


あくまで気丈に振る舞い、流利子は誇らしげに言った。


「私はまだ比佐史のこと、ぜんぜん愛し足りないの」


流利子は、医者の忠告や両親の説得をにべもなくはねつけ、危険をかえりみず出産に挑み、そして呆気なく死んだ。


今でこそ、当時を思い返しても平静を保っていられるが、流利子が死んでしばらくの間、俺は廃人同然だった。

ひかるという忘れ形見がいなければ、俺もとうにこの世を去っていたに違いない。


俺は上の空で一日の仕事を終え、予報通りに降り出した雨の中、家路についた。