振り返ると、この世に存在しないはずの娘がそこにいた。


不意に誰かに呼ばれたような気がしたのだ。


――ママ、と。


そこにいたのは、市立F中学校の制服を着た見知らぬ少女だった。

にもかかわらず私は、その少女がひかるだと瞬時に理解した。

産むことのできなかった、わが娘、ひかる――。


「ねえママ、お弁当できてるかって訊いたんだけど?」


「……お弁当?」


手元を見ると、私は弁当箱を持っていた。

簡単に調理された食材が質素に盛りつけられている。


私はいつからキッチンにいたのだろう?


「早くしてよ。今日は部活の朝練があるって言ったでしょ?」


そう言われると、何となく、昨夜そのことを知らされていたような気がした。


ひかるが私の横に来て手元を覗き込む。


「できてるじゃん」


私の手から弁当箱をひったくり、巾着に包んでスクールバッグに放り込む。

それからキッチンを出ようとして振り返り、


「おととい洗濯かごに入れたピンクのブラジャー、今日中にぜったい洗っておいて」


そう言って慌ただしく玄関に向かい、ひかるは家を出て行った。


何が起きているのか、さっぱりわからなかった。

私はまだ夢の中にいるのだろうか?