HEMLOCK‐ヘムロック‐

 泉は礼二に言われた事――透と『HEMLOCK』の事を界にきちんと聞こうとした。

 しかしその時、界の足元に帽子が風に煽られ転がってきたのだ。


「おぉ? 帽子が」


 転がって来た方向を見ると、すぐそこは新宿公園の入口だった。
 公園には車椅子に乗った老婆がおり、帽子を追いかけ、2人の方に向かって来ていた。界も帽子を拾い、老婆の元へ駆け寄る。


「コレ、お婆ちゃんの?」


 界はしゃがんで老婆に帽子を差し出すと、老婆は頷いて界から帽子を受け取り、言葉の代わりに軽く会釈して微笑んだ。
その笑顔は幾つものシワが刻まれていたが、どこか少女の様。
そんな印象であった。




「界くーん」

「おー! じぁね、お婆ちゃん」


 界が泉の方に戻っていく時、老婆が手を伸ばして界を引き留めようとしてる仕草をした事に、この時界も泉も気が付かなかった。







♪ジャン ジャン ジャン  ジャ ジャジャーン ジャ ジャジャーン!!


「界くんの着信、相変わらず激しいね」

「ダース・ベイ〇ーのテーマだ。かっちょいいだろ?」

「わかったから早く出なよ」


 しかし、界にはディスプレイを見ずとも誰からの着信か判っていた。
実は彼が密かに、この某SF映画の曲をテーマソングにしている人物からの、指定着信音なのだ。
その人物とは――。


『界? 今すぐ来て! 豊島さんが興信所に来てるのよ!!』


 麗しの盟サマだった。

 しかし電話口の声は、普段仕事をスムーズにこなす彼女の物とは思えない程、焦燥の色を含んでいる。
おそらく一哉は興信所に連絡も入れずに突然再び訪ねたのだろう。

 何にせよ、所長不在はマズい。


「えぇ? すぐ戻るっ」