『アンタがヘルメスなんだよな?』
界はフランス語で男に尋ねた。男は界を一瞥すると、再び前を向いて歩き続ける。
『テメェが30分も遅刻したせいで延滞料金取られちまった』
バイクの事を言っているらしい。
界の言葉を全く無視した返答だったが、その内容は彼がヘルメスである事を指していた。
界はいよいよ心身共に身構えた。
『俺が待てる男で良かったな。黒菱 界』
ヘルメスの言葉に界はフランス語で気の利いた返答が出来ず、とりあえず謝っておいた。
ヘルメスは『いいんだ。あそこは同じ名前の店ばっかだから』とか、
『あのオヤジは俺が白人だから絡んできやがった』など、早口にペラペラと喋ってくれる。
しかも携帯でメールを打ちながら。
界はギリギリの所で意味を解していたが、彼にとってフランス語は引きずるキャリーの音と同じくらい“雑音”に近かった。
『ヘルメス、』
『オイ、お前、ヘルメスって呼ぶのはよせ』
界は面喰らってしまった。
本名を隠す為のコードのはずだが……。
そんな界の思考を読み取ってか、ヘルメスは付け足した。

