HEMLOCK‐ヘムロック‐

 界は呆気にとられて傍観していたが、ハッと気付いて2人の間に焦って割り込んだ。


『俺が黒菱 界だ!』


 界はフランス語で早口に言った。

 界は日本語、英語、中国語は完璧に話せるが、フランス語は家庭教師からかじっていた程度なので実際の会話は怪しかった。が、この自己紹介は通じたらしい。


『……ヅラか』


 男は界の頭をまじまじと見て、それがカツラだと気づいたらしい。オヤジを手放すと界に向き直った。


『ここだと目立つ。乗れよ』


 男はバイクを差した。すかさず界のキャリーバックを軽々と片手で抱え込み、ヒラリとバイクに跨ったので、界も慌てて後ろに乗った。

 さっきのオヤジはちょうど野次馬を掻き分けて逃げ去る所だった。

 男がバイクのエンジンを吹かすと、人集りはモーゼが割った海のように開け、道が誕生した。
爆音で唸りながらモンスターバイクが狭い通りを突進して行った。


バイクが起こした土煙が晴れる頃には、その影は彼方であった。