「だから、大丈夫だって。それより、その呼び方。いい加減、止めてくんない?」
「…じゃ、斉藤で。言っとくけど私、男子は名前で呼ばない主義だから。」

 …どんな主義だよ。

「じゃ、行こうぜ。早く帰んねーと、夜になっちまうぞ。」
「さっきまで、ヘバってたくせに…」

 さっきより、空気が少しだけ軽くなったような気がした。


「あ、まだやってたのか。帰って、明日の朝やってもよかったのに。」
「………。」

 先生の一言は、あまりにも残酷だった。


「…まったく、先生もヒドいよね。なんで、先に言わないかなー。」

「そうだよな。だったら、ケガもせずに済んだかもしれないよな。足、もう大丈夫なのか?」

 僕はさっき先生に貰った、5教科の中で今日は授業のなかった、数学の教科書を軽く見ながら聞いた。

「うん。もう、全然平気みたい。で、斉藤は大丈夫なの?さっきのは、何かの発作でしょ?」

「…はは。それより、何この数式?俺、全然分かんないんだけど。」
「は!?だって、ここ4月にやったよ!5だったんでしょ。基礎中の基礎だし。解んないわけないじゃん。」

 …こんな状況。どうやってのりきればいいんだよ。
 そう思っていると、勝手に口から言葉が出た。
「…だって俺、この前まで入院してたから。なんか、病室が私物持ち込み禁止だったから、ほとんど勉強も出来なかった。しかも、3年で学校に行けたのは、始業式の日だけ。その次の日から半年の間入院。前の学校も2期制だったから、成績は2年のまま。それに、退院してすぐ転校だぜ。せめて、馴れてる所で受験勉強がしたかったよ…。」

 よくこんなに長い台詞を、僕は言えたもんだ。全部、嘘なのに。

「そんなの…万が一本当だとしても、どうして数学だけ解らないの?」
「2年で数学5になったのまぐれだったから。単純暗算、角度計算、ひねり問題…。まあ、テストほとんどそういうのだったし。それに他の教科なら、大体はテキスト見て流れで答えられるじゃん。だから。」