しかし最近、私が父とまったく同じようなことをするようになった。意識してやっているわけではない。気がつくと寝ているのだ。

 厳密に言えば、気がつくと、でもない。ひざ掛けはかけているし、座椅子を完全に倒している。座椅子を倒している時点で、もうそこには「寝よう」という意識が確実に働いている。しかしそれは、少しだけ、のつもりなのだ。眠くなったから少しだけ。この少しだけ、というのが気持ちいいんだ、とよく父が顔をしかめながら言い訳していたのを思い出す。少しだけ、のつもりで朝の六時まで寝てしまうこともある。