マジック・エンジェルほたる

守り、娘を育てて、生き延びてきた。だが、それで多くのものを失った。多くの友人も女の幸せも。自分のことばかり”娘を大学教授にする”という盲目的な夢のことばかり考えて、他人の痛みを忘れてしまった。自分の地位を築くために、多くの人間を傷付け、強引と傲慢のために多くの敵をつくってきた。
 黒野静はなにもかもがイタチのように老獪だ。人を巧みに操り、利用することができる。知的レベルの高さで誰でも論破することができる。必要ならば嫌なやつとでも握手する。それもこれも男性社会で生きていく、出世していくため、認められるため、だった。
 だけど…いままでの自分は他人のことなどは考えもしなかった。彼女は数年のあいだ娘や学生たちに向けていた気持ちや、冷酷な態度を思い出して、身震いした。どんなに後悔しているか娘に伝えたいと思った。
「……お母さんが間違っていたわ…」
「……え?」
「有紀」静はいった。「冷たい母親を軽蔑してもいいのよ」
「そんなことしないわ!」有紀はいった。「お母さんは私のかけがえのない…たったひとりのお母さんだもの」
「…ありがとう…有紀」静は娘の瞳をみつめ優しい口調でいった。「有紀、わかったわ。その犬をここで飼ってもいいわよ。……ただし、世話はぜんぶ有紀がするのよっ。わかった?」
 彼女はきらきらした微笑みをみせた。
「ありがとう、お母さん!」)予想もしなかった愛情の波がふいに有紀の胸に押し寄せ、心臓がしめつけられるような錯覚を感じた。有紀は母親に強く抱きついた。
 静かは娘の頭を胸元に抱き寄せ、娘の髪に頬を重ねた。喜びがふたりの魂を揺り動かし、きらきらとした光でいっぱいにした。この子が私に何か反論したり怒ったりすることなんてなかったのに……いつの間にか成長するものね、子供って。
 ふたりは見つめあってもう一度、微笑んだ。