「……えぇ、まぁ…」有紀はチケットの香西かおるの写真から目を話すことが出来なかった。「クラシック・マニア」も珍しいけど、こんな若い女の子の「演歌マニア」も珍しいわ。
「でも…香西かおるちゃんもいいけど、山木ジョージとか北鳥三郎とか瀬河B子とか都はるえとか……いろいろなアーティストもやっぱりいいかなぁーなんて…」
「あ…あの、はやく行かないと……コンサートがおわっちゃうんでは…?」ようやく有紀は忠告した。
「あ、そうだよ!!ヤバっ!」美里はそう声を出すと「じ、じゃあ。またね、有紀ちゃん」とチケットをとり、慌てふためいたまま駆け出していった。
「香西かおる……ね」
有紀は美里の後ろ姿を見送ってから、なんとなく微笑んでしまった。
有紀はなんとなく元気な足取りで午後の人のいない街路地をひとり歩いていた。
可愛らしい子犬が彼女の顔を見て、くんくんと鳴いている。彼女はすぐに微笑って、
「えぇ。わかってるわ。……お腹が空いたんでしょう?すぐに家に帰ってミルクでもあげるわね」
なんとも幸福な瞬間だった。悲しい気持ちになったのはほんの数時間前だったのに…もうかなり前のことのように感じる。そうよ、また螢ちゃんや由香ちゃんと愉快に遊ぶのよ!美里が彼女と一緒にいたのはほんの数十分なのに、そんな短い時間でも、美里は有紀にじつに好ましい影響を与えたようだ。
しかしそんな平凡で幸福な時間も、長続きしなかった。あの残忍な魔物「アラカン」が有紀に襲いかかったからだ。
「きゃあああぁ…っ!」
子犬を放して彼女は驚愕して悲鳴をあげた。
有紀のはげしい悲鳴を耳にした螢と由香は、ハッとして駆け出した。そして、アラカンに首を締め付けられて吊されている有紀の姿を目撃した。


