…私のこの目にはもう何も写らなくなる。
私のこの耳にはもう何も聞こえなくなる。


病院って楽しいくらい暇な所だね。
宿題も試験も心配しなくていい。ただ寝ているだけで友達や先生が心配して色んなものをくれる。TVも見放題。

でも、私の心が完全に満たされるのはある時だけ。
「奈緒」
安心する声が頭の中に響く。
「好きだよ。だから死ぬなよ」
もうほとんど何も感じなくなった私の手を握ってくる。

「慶太……」
それ以上もう何も言えなかった。

ピロロロロロロ…
慶太の携帯の音が鳴り響く。

「ちょっとすみません」
私の家族にそう言って、慶太は病室から出て行った。
「今それどころじゃないんだよ!!」
強引に通話を終わらせてくれた慶太。

家族がむせび泣く声。「頑張れ」「生きるんだ」というあてにならない応援。気味悪い機械の音。



「お嬢さんは、白血病のようですね」
お医者さんのこの一言が、私の人生を変えてしまった。
だから今私はここにいる。
"普通"という枠からはずれてしまった後、どんなに淋しい思いをしたか。
でも、慶太はそんな私だろうといつもどおり、いや、いつも以上に優しく接してくれた。



ピーーーーーーーーーーーーーッ


心臓の停止が確認されたのと、慶太が慌てて病室のドアを再び開けたのはほぼ同時だった。
慶太……最後に顔を見たかったよ…………
あと1秒早かったら……………

「奈緒ーーーーーーーーーッ!!!!!!!!!!!!!!!!!」
みんなが泣いているように思えた。
でも、みんなが知ってる私はもうベッドに横たわってなんかない。
あれは、ただの抜け殻。
今の私はもうどこかへ旅立ってしまったって、みんなわかってるのかな。