初恋タイムスリップ【完】


「優はね、3歳の時に人工内耳っていう機械を耳の中に埋め込む手術をしたの。
完璧に聞こえるようになるわけじゃないのよ。

もう少しだけ聞こえるようになる可能性があるって先生に言われてね。

悩んで人工内耳にかけてみることにしたの。

1週間入院でね、その間良は近所のおばあちゃんの家に預かってもらって。

優は個室に入院したから私は24時間つきっきりで病院にいたの。

それでも良はわがままを一度だって言わなかった。

手術が無事に終わって、初めて優の耳に音を入れたらね、優がぎゃ−!ってさけんだのよ。
初めての音に驚いたのね。
人工内耳はやっても反応がない人もいるから、反応があったことにとりあえずホッとして家に帰ったの。


それからも良は今まで以上に優にたくさん話しかけてくれてね。

手術から2ヶ月たった時、良が『優が“でんしゃ”って言った!』ってうれしそうに私のところに走ってきたの。

私は急いで優の元にいったら、良の部屋のベランダの柵をつかんで優がたっていたの。

『ベランダに優を出しちゃダメって言ったでしょ!あぶないから!』って私は思わず良を叱ってしまって。

優を柵から引き離そうとしたら
『でんた…』って優が言ったの。

良の部屋のベランダからは、電車が通るのが見えたのね。

良は私に内緒で優に毎日ベランダから電車を見せて『でんしゃ でんしゃ』って電車が通るだび、話しかけていたらしいの。

優の初めての言葉はパパでもママでもない、良が教えた『でんしゃ』なのよ。それからぶわ−っと言葉があふれだしてね。

まだまだ発音が悪いし、知らない言葉も多いけどね。
良のおかげだな、支えてもらったなって感謝してる。

でもね、良が6年生になった時、胃腸炎で学校で倒れて」


「え!」


「学校から連絡があって急いで病院にいったら原因は過度のストレスだって。
下の子に障害があるなら特に上の子に目をかけてあげなくちゃダメじゃないかって病院の先生に怒られてしまったの。

良の優しさにすっかり甘えて我慢していることに気づいてあげられなかった。

この時初めて気がつくなんて私はなんてダメな母親なんだろうって反省したの」