「繁さんて、なんか、大胆な人だったんですね」

「密航の話だけ聞くとね。

でも、彼はいつも冷静で思慮深かった。

密航の話もね、きっとなんとかなるって確信があったんだろうよ、彼なりのね」


繁徳は、現実離れした冒険話に引き込まれていた。

僅か数十年前の出来事だが、繁徳のような現代の無気力な若者には絵空事のような、遥か昔の御伽噺のように聞こえる。


「なんか、話が長くなったね」


「それで、二人は結婚したんですか?」

「そう、一応ね」

「一応って?」

「繁さんは、フランス国籍を取得してたからね、だからフランスではあたしたちは夫婦ってことになってる。

でも、日本でのあたしの戸籍はそのままさ。

その当時、あたしはまだ親にわだかまりがあってね。

婚姻届を出すために本籍地へ連絡するのが嫌だった。

意地でもあたしの幸せを知らせたくはなかったのさ」


「……」

「フランスでは、皆があたしたちを祝福してくれた。

友達を大勢呼んで教会で式を挙げてね、あたしの介添えはジョセフィーヌ、繁さんの介添えはジャックが勤めてくれてね」

「写真見るかい?」

「えっ、写真あるんですか?」

「フランシスとの写真は一枚もないがね、繁さんとの写真は沢山あるよ」


そう言うと、千鶴子は席を立ち、しばらくすると手に何かを抱え戻って来た。