六階で降りて、廊下を右奥へと進む。

繁徳は慣れた手つきで部屋の呼び鈴を押した。

〈ピンポン〉

と明るい音がして、中からドアが開く。

中から千鶴子が顔を覗かせた。


(嗚呼、千鶴子さんだ)


先日の訪問は、繁徳にとって夢のような出来事だったのだ。

千鶴子の顔を見て現実に引き戻された繁徳は、手にしたブーケを真っ直ぐに差し出した。


「またプレゼントかい?嬉しいね」


千鶴子は、目の横に皴をいくつもきざんで笑った。


「……もしかしたら、来ないんじゃないかって、ちょっと思ってね」


千鶴子はキキョウの花に目を移し、小さく呟やく。


「あんた、土曜の午後にこんな年寄りのとこに来るってことは、やっぱり暇なのかい?」


繁徳の戸惑いを知ってか知らずか、千鶴子が、不思議そうにそう尋ねる。


なんとも不躾な婆さんだ、と繁徳は心の中で毒づいた。