「こんな話、たいくつかい?」



千鶴子は紅茶を啜りながら、ちょっと躊躇いがちに繁徳に尋ねた。


「いえ、楽しいです。

僕、お年寄りの昔話聴くのって結構好きなんです。

僕のばあちゃんは、大分前に亡くなったんですけど、戦争で両親を早くに亡くして親戚のおじさんに育てられたって聞きました。

その話も面白かったな」


「戦争ね……

家の父親は年いってたからね、幸い戦地には行かないで済んだんだよ。

だから、比較的、戦後は暮らし向きが楽だったね。

ご両親亡くなったんだったら、さぞかし辛い戦後だったろうよ」


「俺の知ってるばあちゃんは、いつも幸せそうでしたよ。

ただ、身体が弱くて、俺の父親は当時ではめずらしい一人っ子だったそうです」


「そうだね、当時は子沢山が多かったからね。

産めよ増やせよって時代だよ。

でも、一人でもいりゃ、十分だよ」


繁徳は千鶴子が一瞬顔をしかめたのを見逃さなかった。


(千鶴子さんには、子どもがいないんだ)


繁徳はそういう勘が働く性質だったのだ。


「で、フランスに行けたんですか」


気付かない振りをして、咄嗟に相槌を入れる繁徳。

千鶴子も何食わぬ顔をして、話を続けた。


「そうさ、なんとか手続きを片付けてね、エアフランスの南回り航路でパリへ出発した。

忘れもしない1964年、東京オリンピックの年。

外国から日本目指して人が集まるその年に、あたしは東京脱出さ!」