ところがさ、歌い終わるとシーンとしてね、拍手のひとつも聞こえてこないのさ。

こりゃ気に入らなかったのかなと、こわごわ後ろを振り返るとさ、その男は目を閉じて、うっすら涙を浮かべてた。

感涙かって?

あたしも、ちょっとそう思いかけたけどね。

歌い出して一年かそこらのあたしの歌で、涙を流すなんてあるわけないじゃないか……

彼はポケットからハンカチをだして目頭を押さえると、静かにこう言ったのさ。

『マドモワゼル、あなたの歌は確かにお上手です。

そして、ピアフによく似ている。

でも、シャンソンというのは、人まねではなく、自分をさらけ出して歌うものなのです。

ピアフがピアフであるから、私たちは彼女を愛しているのです』

ってね。

あたしゃ顔から火がでるほど恥ずかしかった。

あたしの歌はピアフの物真似だった。

ピアフのレコードで覚えた歌だからね、当然さ。

でも、あたしは今まではそれをとやかく言われたことはなかった。

全てを見透かされた気がしたよ。

あたしがうろたえてるのが分かったのか、その人は

『私たちは昨年ピアフを失いました。

わたしはあなたがピアフの後を追って歌の道に進むのを歓迎します。

がんばってください』

ってね、優しく言ってくれたのさ。

フランス語で言ったのかって?

いや、流暢な日本語だったね。

窓口の人に後から聞いたら、彼は大使の秘書だって、そう言われたよ」