一月のセンター試験が無事終わり、繁徳は東工大に、舞は芸大に出願を出した。

後は二月末の個別試験を待つばかりだ。

と言っても、のんびりはしてられない。

まだまだ、最後の追い込みは続く。

舞からは、時々葉書が届く。

葉書には小さな綺麗な丸文字で、綾との日常が綴られていた。

舞によれば、綾にも、とうとう春が訪れたらしい。

終わりにはいつも、『会いたいな』の一言が綴られている。

繁徳は、そんな舞からの手紙を大事に壁に貼って眺めていた。


二月に入ると、千鶴子はソファに横になっていることが多くなった。

それでも、繁徳が訪ねていくと力なく立ち上がってお茶を入れてくれる。

『もてなしの気持ちを忘れちゃ、ただの老いぼれ婆さんじゃないか』とは、千鶴子の精一杯の強がり。

繁徳は、そんな千鶴子の背中を心配そうに目で追った。


「千鶴子さん、携帯買ったんですか?」


ある時、ソファの傍らに紫色の携帯を見つけ、繁徳が尋ねた。


「嗚呼、増田がね、あたしが電話口になかなか出ないもんだから、買ってよこしてね」


(電話のとこまで行くのも億劫なんだ)

繁徳は胸が苦しくなった。


「僕にも、番号教えてよ。メールもできるのかな?」


できるだけ平静を装って、言葉を繋いだ。


「嗚呼、舞ちゃんからもメールが来るよ。毎日頑張ってるって」

「千鶴子さん、メールなんて出来るんですか?」

「見るだけだよ。あたしゃ、打てないよ、メールなんか」

「ちょっといいですか」


繁徳は携帯のボタンをいくつか押すと、千鶴子の番号とメールアドレスを表示させ、手帳に控えた。