「そんな父が、七年前、千鶴子さんが店で倒れた時、本当になりふり構わず千鶴子さんにしがみ付いて泣き叫んだの。
『愛してる、僕を置いて死なないでくれ』ってね。
千鶴子さんには聞こえる筈もなかったけどね……」
「千鶴子さんは知らないんだ」
「薄々、父の好意には気付いているとは思うわ。
でも、そんな熱烈な愛情を抱いているとは思ってないでしょうね」
「千鶴子さんはまだ、死んだ繁さんのことを想っているから?」
「私には分からない。
でも、手術の後、体力的にピアノが弾けなくなって、父が伴奏を申し出た時は、ちょっと戸惑った様子だった」
「何故ですか」
「だって、父はクラッシック一筋だったから。
流行歌の伴奏なんて、やったこと無かったのよ」
「そんなに違うんだ」
「そうね、それにプライドもあったろうしね。
でも、父にはプライドよりも、千鶴子さんの側にいることの方が重要だったのよ。
千鶴子さんも、きっとそれに気付いていたと思う。
今でこそ、阿吽の呼吸だけど、ペア組んだ当初はひどくてね。
しょっちゅう喧嘩してた。
金曜夜のワンステージの為に、昼間何度もリハーサルしてね。
でも、どんなに千鶴子さんに怒鳴られても、父は嬉しそうだった。
それは今も変わらない。
今、父が店のマスターを引き受けてるのだって、出来るだけ千鶴子さんの側にいたいって気持ちからだと思うの。
父にとっては、千鶴子さんと居ることが幸せなのね」
「愛する人をあるがままに受け入れるってことですね」
「なんか、あなた、随分とわかったような事言うわね」
「千鶴子さんの受け売りです」
「千鶴子さんがそんな事を?」
綾が少し驚いたように繁徳を見る。



