居間は、開け放たれた窓から風が満ちていた。



「今日は風あるね。ここ高いから、結構風入るんだよ」


舞は千鶴子との約束通り、マンションに来ると、窓を開けて部屋に風を入れているらしい。

テーブルの上には、お茶の用意が出来ていた。

カップは三つ。

舞の瞳が宙を泳ぐ。


(舞、緊張してる)


繁徳は舞の腕を掴むと、居間のソファに腰掛けさせた。


「舞、落ち着けよ」

「落ち着いてるよ」

「でも、手、震えてるぜ」


繁徳は舞の小さく震える手を、両手で包み込むように握りしめた。


「大丈夫、俺はレッスンが終わるまでここに居るから」

「あたし、ちゃんと弾けるかな……千鶴子さんに恥かかせないかな」

「何だ、そんなこと心配してるのか。

お前、ちゃんと弾けないから、レッスン受けるんだろ?」


繁徳は舞の真剣な顔に、ちょっとおどけて答えてみる。


「あっ、そっか」

「そうだよ、これから弾けるようになるのさ」

「そうだね、シゲ。

今日が始まり、なんだね……」


そう頷いた後も、舞の表情は固いままだった。