「ごめん、シゲ。ちょっと、気が遠くなっちゃった」


涙目をこすりながら、舞が笑った。

「無理すんなよ。

泣いてもいいんだぜ。

ここじゃ、きっと誰も気にしないよ」

ショッピングセンターのような喧騒の中、エスカレーターをひっきりなしに人が上り下りする。

遠くから、番号を呼び出すマイクの音が微かに響く。


(ここに来ている人は皆、自分のことで精一杯だよ)


夫々が自分の抱えた病気と向き合うこんな場所で、誰一人、二人の様子に気を留める物などいる筈もなかった。

「今のあたしにとって、シゲの次に大事な人なの、千鶴子さんは。

ピアノを弾かせてくれるってだけじゃないの。

あたしの全てをそのまま受け入れてくれる人、側にいて安心できる人なの。

あたしの祖父母はもう居ないけど、そういう血の繋がりとか関係なく、安心できる人なの」

「分かるよ、何となく」

「あたしの居場所は家にはないの。

家では何時も身構えて生活してる。

自分を隠してね。

千鶴子さんに会ってから、あたし、どんなに気持ちが楽だったか……」


「千鶴子さんも、きっと同じなんだろうな。

俺と話してても、舞のこと、何時も気にかけてた」


「シゲ、あたし怖いよ」

「大丈夫、俺が付いてるじゃないか。

いざとなったら、俺だって結構頼りになるさ、信じろよ」


繁徳は舞の瞳をじっと見つめた。

舞の瞳の奥には、暗く深い霧が立ちこめているようだった。